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特集記事

たった一枚のもの。


息子の暁月(あかつき)が肌身離さず持っているタオルの切れ端。

どうやらこれがあれば落ち着くらしい。 元々は大きなタオル一枚だったものが、肌身離さず持ち歩いているものだから次第に解れはじめて、それをきっかけに妻がハサミで小さくカットしてあげたことによって、現在はこの形になっている。 失くさないようにと袋まで作ってあげていた。

親という立場で、妻と二人で悩んだこともあった。

「こういう癖や習慣は決して良くない。カッコ悪い。恥ずかしい。いつまで持たせたら良いのか。離すことができなくなったらどうしよう。小学校に上がってからも持ち続けてたらどうしよう。責任は全て、早いうちにやめさせることができなかった我々にあるんだ」と。

しかし、そんな気持ちも "たった一枚の写真" をもって全部変わった。 不思議なものだ。このタオルの切れ端を写真に記録した瞬間に "肯定" に変わったのである。

人の弱い部分や隠したい部分を記録することによって "認めてあげる" という気持ちが生まれたのだと思う。

​これが、写真のチカラだ。

今まではそれをネガティブにしか捉えることができなかったけれど、そんな自分も必ず弱い部分や隠したい部分がある。 ​そこを認められず真っ向から否定されたのであればたまったもんじゃないし、もっともっと隠そうとしてしまうはず。

自信を無くして、やっぱり俺はダメなんだという気持ちでいっぱいになってしまうと思う。

人はみんな癖や習慣で生きているということ。

朝は何時に起きて何をしたり。いつもの場所でなければ落ち着かなかったり。恥ずかしかったら口元をおさえてみたり。何時にはコーヒーを淹れて、何時にはご飯を食べたり。食後には必ず一服したり。何曜日の何時にはテレビにかじりついたり。週末には飲みに行ったり。 癖と習慣は紙一重に隣り合わせにいるというのに、どちらかをネガティブに感じたり。

それもこれも全部受け入れて、自分自身で見直していけば良いんだと思った。

良いものを習慣にして。 良いものを癖にして。

大人は人目を気にしているから恥ずかしいという気持ちが生まれるけど、子どもは純真無垢だからそんなことはほとんど気にしない。

恥ずかしいことだから辞めなさいと教えるのは近道かもしれないが、身をもって恥ずかしいと感じたことならば、自分自身で確実にやめようと思うだろう。

たった一枚の "タオルの切れ端" と "写真" から教わることがこんなにもあるなんて。

この気持ちは未だ心の中に留めておいているが、袋を作ってくれた時に妻も同じことを考えてくれてたらいいななんて思った。

親は子どもによって成長させられるとはよく言うが、

まったくもってその通りである。

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